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あけましておめでとうございます。

ぎりぎり松の内ですね。挨拶してもおかしくないよな。

今年もよろしくおねがいいたします。



さて、今日はちょっと重たい話を書かせてもらいます。




今日からタロは学校が始まりました。
でも、当然半日なので、今日はちょっと遠方の本屋に本を買いに行きたかったので、一緒に出かけてきました。


今日はタロと会話しながら何事もなく家に戻りました。


“何事もなく”というのは・・・

私の住んでいる県には“土手道”が至る所にあります。
川に沿った道で、ガードレールもなく、まだ同居中だった頃旦那が「こういう道を見ると○○県に来たって感じがする」と言っていたので、他県ではそんなに多くはないのかもしれません。

本屋への道のりにはその道を使います。


旦那との別居から1年経ちました。

約1年前、私は精神面を若干壊してしまいました。

別居後、更に旦那といろんなことがあってか、更に別な精神疾患(これも軽度らしいですが)を患いました。




この病気を検索したり、初めての病院に掛かると必ず「死にたいと思いますか?」と聞かれます。

これに私は「“たった今この時点では”死にたいとは思っていません」と答えます。


だけれども








帰り道







土手道を通る度に






川のうねりに沿ったカーブに差し掛かる度に










私は全身の毛穴が開くような感覚を覚えます。





そして、土手に転がる自分の乗った車を想像してしまいます。





フラッと土手下に吸い込まれないように、神経をハンドルに集中させます。




今日はタロがいたからか、全く平気でした。




なんでこんなことを書くかというと、うまく説明できませんが、




今まで私は「死にたい」と何度も言う人には最後には口に出さないまでも「ええ~い、そんなに言うなら死んでみろ」と思っていました。
だけれど、最近思ったのです。



自ら命を絶つということは、いけないことだとわかっているけれど、自分自身の「死んではいけない」という気持ちが、「死にたい」に負けそうになるときがあって、
「死にたい」と口に出す人は、自分の、谷間に落っこちていきそうな気持ちを、誰かに引っ張って欲しいからで、
何度も「死にたい」と口に出すのは、なんども自分の気持ちが負けそうになるからで、
ずっと同じ「死にたい」を言っているのではなく、一回一回、新たな「死にたい」という気持ちを助け出して欲しいのではないかと思ったのです。


幸い、私には、「死ぬな」とは言わずとも、無条件に私を必要としてくれている三人の坊主がいるから、「死んでどうなる」と土手道のカーブごとに言い聞かせることができます。



だからもしも、近くに「死にたい」と繰り返し言う人がいたら、呆れることがあっても、その人の近くにいて欲しいと思うのです。



▼続きを読む▼

おけおめです。

すごく 共感し、読ませて貰いました。
言葉のナイフを必要以上に振りかざす人たちは
いつか・・気づくことができるのでしょうか?
最後に 何かを逃げ道にしていく人たちには、
自らも 追い込まれているのでしょうか?

私自身も 少しもやもやしておりました。
でも、なんだか、すうっとして来ました。
「添う」一番 根気や勇気のいることかも
しれませんね。
良い話しを ありがとう。
今年も宜しくお願いいたします。

あけおめです。
ちょっと、眠れなくなった(昼寝をしすぎた<爆、自分)のでおじゃまします。

添うことは大事だと、心底思います。
How to は、占いみたいな物で、必ずどれかが当てはまったりしますけど、
「添う」と、言う感情は、様々な環境や背景・・・いろんなものをひっくるめて想像しないと、なかなか出来ないように思うからです。
私は私の子供にも、添うことができる、そんな人になって欲しいとおもいました。
今年もよろしくおねがいします♪
このコメントは管理人のみ閲覧できます
もう明けちゃってるが~、おめでたい~。

アドバイスしてさ、自分の思うように行動してないと逆ギレする人が世の中にはいるようで、
私もそう、子供に対して、「だから言ったでしょ!こうしろってぇ!言うこと聞かないから、泣く羽目になったんでしょ!全くもう!」などとのたまってしまうのですよ。(苦笑)

失敗してしまった時は、「失敗したね、なんでだか分かるかな?」で、切り出せばいいんだよね、きっとさ。
その経験で泣いてる時は、そっと心に添って聞いてあげていれば、元気も出てくるよね。
何事も、アドバイスのタイミングと、見返りを期待しない事が必要なんだと思うわ。

とってもいい文章だった。

土手には重々気をつけて。可愛い子供たちのためにも。私のためにも。
>土手で…
ひろりんぱさんと同じような気持ち…私もよくあります。
事故した自分…死んでしまった自分…
私も…子供たちがいるからこそ……の
「立ち止まる気持ち」があるけれど…いなかったら…と考えるときもありますね。

言葉の暴力は…いろんなところで受けてきている自分です。
自分のことならいざ知らず…子供の責任問題まで…もありました。
元気がないから……と無作為な言葉をかけてしまった知人もいます。
私が泣いているとき…
寄り添ってくれた先生、友人は…なかなか逢えなくなった今でも…
私の支えになってくれています。

私は…いろんなヒトに助けられて……今を生きていると思う。
だから……私も…違うダレかに寄り添える自分でありたいと思う。
※ できているかどうかは……また、難しい問題なんですが…。

ひろりんぱさんの記事を読んでいて…
そんなことをたくさん思い出しました。ありがとうございます。
パソコン使用もままならず、今携帯からなものですから(行動を制約&監視される出戻り娘)また後日お返事させてください。
すみません。
ゆ~。様

言葉のナイフを常にふりかざしている人たちは、振りかざしっぱなしだからその状態が日常になってしまっていて気付かないのかもしれませんね。
振りかざしっぱなしだから周囲が見える人は離れていくんじゃないでしょうかね。
視点が固定されてると、ナイフに気付かないかもしれないですね。


さまんさ様

添うって口で言うより相当難しいですよね。
黙って添っていることが、「甘やかし」だと思う人は、まだまだ人としての経験値が足りない気がします。

だって、添うことが大切だとわかっていてもそれを実行し続けることすらなかなか難しいことだと思いますから。

私の息子らにも、「人の痛みのわかる人間」になって欲しいと思っています。



匿名様

御意。

ありがとうございます。



みちこ様

私も今のところそうですわ。
「だから言ったべー!」

本当はもっと気の効いた声かけをしてやりたいと思いつつ・・・

いつもスィんパい(←ミスタッチがいい感じだったのでそのままにしてしまう)かけている割りにアホトーク炸裂でごめんよ。


RYO★様

お察しします。
なんつうか・・・
RYO★さんのブログを読むと・・・
文体とかを楽しげにしてらっしゃるので楽しく読んでしまうのですが、リアルだとかなり参ってしまいそうな生活だよなと(私の舅も似たタイプの人だったもので)思っていました。

私自身はそんなできた人間で無いので、両親からは毎日のように「思いやりがない」といわれております。

実際はこんなもんです。
はあぁぁ~。
ども。ご無沙汰でっす。

今回の日記は私にとってもとてもリアル。
色々と色々とあるけれど。

またじっくり人との添い方とか考えてみるよー。
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ぴろりんぱ

  • Author:ぴろりんぱ
  • 軽度の広汎性発達障害を持つ長男 中学2年 タロ。
    カンペキを求める男 疑ADHD次男 小学4年 ジロ。
    落ち着きのなさを子どもらしさキャラで乗り切るADHD 小学1年 サブ。

    の3人を育てる母。

    バツイチとなった母は余命を生きる体となりました。

    息子たちと私の『平和かつ平凡(?)』な日々。
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