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ちゃんと続けられるかなあ…


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30数年前に「日本で5本の指に入る過疎地」に生まれる。

父、母、兄二人。


ジューサーミキサーのある中流家庭。

だが本当は案外貧乏家庭。

おはぎでもパンでも必ずみそ汁が付く家庭。

父は毎日酒を飲んで帰って毎日のように母と喧嘩をし、母は姑との関係に悩む。


そんなごく普通の家庭で育った。



幼稚園時代は小学4年生向けの本あたりまで読み、
水戸黄門が印籠を出したときに「いつものパターンじゃん」などと言ってしまう賢い(生意気?)幼稚園児。


小学校の入学式には「ここに6年も通うのかー。なっがいなー。面倒だなー」などと考えていた。

「りぼん」は大人になってから読むものだと小学3年生くらいまで思っていた(キスシーンを目撃したから)。

周りが「○○が好き」とか言い始めた頃、あまりにもそんな奴が多かった為、
「私も誰かを好きかもしれない」と夜、布団の中で男子の顔を一人ひとり思い浮かべてみたりした。
(が、やっぱり誰のことも好きでなかった)


そんな小学生。


こんなでちょっと変わっていたのか6年間定期的に虐めのターゲットになった。



こうやって書いてみると結構つまらない子ども時代なのでお終いにする。

私の父は無口な人だった。


必要なときにだけ必要なことを言う、昔の父親像タイプの人だった。


酔っ払うと必ず私ら子どもを自分の前に呼び、口をへの字に曲げて

「がんばれよ」

と言うのが口癖だった。



そんな父だったので、私は父を怖いと思っていた。
休みに父だけが家にいると息が詰まりそうだった。



高校生の頃、情報処理の授業に熱を入れていた私に
「よし、パソコンを買ってやろう」
と言ったことがあった。


貧乏な我が家にそんなものを買うお金があるのか?と思いつつも、
当時のパソコンの値段を知らなかった私達。(ちなみにPC98全盛期)

いざ見に行ったら、本体のみで約30万。

目ん玉飛び出た。


本体のみつうことは、そこにキーボード代とディスプレイ代がかかるわけで。


多分父は10万位と思っていたのではなかろうか。
表情で困っていることがわかった。


「高いなあ~! こんな高いの買ってもちゃんと使いこなせるかわからないし、
こんなに高いならいらないよ」
私は明るく父に言ってみた。
「本当にいらないのか?」「いらない、いらない。使える自信がついたら買ってもらうさ」
そういって売り場を去った。


でもそのときの父のなんともいえない表情が忘れられない。
私が買わないと言いだしたことでほっとしたような、
買ってやれなくて落ち込んでいるような表情。

そんな思いをさせてしまったことを申し訳なく思った。


そんな父…


今じゃなんだか饒舌になり、なんかよくしゃべるし、
どうにもおちゃらけ人間になった。


酔っ払ったときの口癖は「ばかも~ん」に変わった。



そして、パソコンを持っている。


一度
「おまえ持って行くか?」
と言ったことがあった。


母がこっそり
「お父さん、本当はお前にやるつもりで買ったんでねべか」
と言っていた。


よこさんでいいからボケ防止にしっかり活用してくれ。
花札ゲームのためだけにおすすめしたんじゃあないぞ。
たっかいゲーム機だなあ…


そうそう、初めてのメールが


「皆元気 心配無用 父」


だった。


どこの中国人かと思ったよ。

母は心配性だった。

私が小学生の頃からそんなところはあったが、
思春期を向かえた途端ヒートアップした。


同級生の男子に学校で漫画本を貸したら、
そいつが馬鹿なことに授業中に読んでて担任に見つかったことがあった。

そのときのその担任がまたアホでうちの親に対してその男子の家庭について、

ぶっちゃけ差別発言をした。
(「こう言っては何ですが〇〇(男子)は〇〇の子なんですよ」こんな感じ)

その話を母から聞いて私は
「なんだそれ! 親の仕事関係あるんか? 教師がそんなこと言っていいんか?!」
とブチ切れた。

すると母は
「なんでそんなムキになるんだ? お前その男のこと好きなんでないんか?」
とか、ちょっと怒って言ってきた。

そら、話が違うべぇー。


その後、部活の顧問からの電話なんかでも
「〇〇(男子)って言ってたぞ」と取り次ぐ。
鈴木が権平くらいに全くかぶってない苗字だった。

私が男に興味を持つとかそういうことがどうも許せなかったようだった。


高校生になって、皆、仲間同士で町(東京なら都心に行くような)にガンガン行ったり
し始め、私も映画に興味が出てきたりコンサートに行ったりし始めたら突然
「町に行くのは月に1回だけ」という決まりができてしまった。


当時好きだったTMネットワークの歌を聴いていたら、
「これを聴きだしてからお前は親に反抗するようになったからこんな歌聴くな」と、
“おいおい母さん、頭大丈夫か?”と聞きたくなるようなことも言ったりした。


私ははっきりいって顔の作りが、え~…まずい方の人間である。
なのに
「夜、出歩いたら危ない! どっかの男に乱暴されるかもしれない」とかよく言っていた。

「こんなまずい顔ででかい女、男が手を出すわけないべ!」
「そんなんわかんねぇわ。夜は暗くて顔わかんねぇし、そういうのは後ろから襲ってくるんだべ」

非常に失礼な母である。


窮屈ではあったが、それも家族を愛するがゆえなんだと今は思う。
いい思い出もたくさんあるしね。


だがいい歳になって子どもまでいるっていうのに、未だにこんな風に電話が来る。

「どこ行ってるんだ? 家に電話しても出ねぇし、携帯も出ねぇから
病院でも行ってるんでねぇかと思って心配したわ」



開放してくれ~。






長男

長男とは6歳離れているのであまり接点がない。

体育会系な性格で、曲がったことは嫌いな人で、下の兄や私にとってはいろいろと良いお手本になってくれる人だった。

だが、私は知らなかったが、勉強はかなり出来なかったらしい。


次男

歳が近いためなにかと衝突した。

母は「こんなに敵同士のように毎日喧嘩をしていてどうしよう」と本気で悩んでいたらしい。

なぜか今は仲がいい。
多分兄が世の荒波に揉みに揉まれて角が取れたからだろう。
私の性格はあまり変わっていないと思うから。







旦那。


そこそこいい人だと思う。
が、しかし相当曲者である。

そしてちょっとヘタレだ。


イタ電が掛かってきたとき、相手が“はあはあ”言っているので萎えさせてやろうと、旦那に小さい声で「出て」と頼んだ。
旦那は「切ればいいじゃん」とただ切ってしまった。
結婚前にも同じようなことがあった。


「黙って切ったらこの番号は女しか出ないと思われてまた掛かってくるじゃん。一言言って切ってくれれば済む話なのに」
「相手にしなきゃいいじゃん」

クールぶってるが実はビビッて切っているのはわかっている。


ちょっとがっかりした。
いざというときこの人に家族は守れないな。




そして、愛すべき我が息子たち。


長男7歳

極軽いようだが「広汎性発達障害」(自閉症の一種)。
幼稚園の先生には「長男くんのことは(先生方)みんなで“癒し系”と言っていたんですよ」と言って頂いた。

私と甘味の趣味が合わず、ちょっと「チッ」と思うときがある。
(我ながら大人気ない…)
生クリームとスポンジケーキ類とあんこが嫌いなんて…



次男3歳


ワンパク盛り。
非常に賑やか。
長男と性格が全く違う。

甘味の趣味はそこそこ合う。



三男2ヶ月


ただひたすらかわいいだけの時期である。



こんな家族で生活している。

20050208043649.jpg



長男は陣痛促進剤を使って生まれた。


乳児湿疹がひどかったこと意外は、まあ普通の赤ちゃんだった。

言葉が遅いなあとは(しゃべらないのではなく、意味のないことをずーっとしゃべっていた)思ったが、親などには「男の子は遅いもんだ」と言われて、そんなもんかなあと、心に引っかかりつつもあまり気にせず生活していた。


1歳半検診のとき、言葉の遅れが指摘された。


問いかけに全く答えない。
積み木もなにもまったくやらない。
「新聞を持ってきて とか ドアを閉めて のような簡単なお手伝いなんかはさせていますか?」
そんなこと全くさせていなかった。


言葉の相談とやらを勧められた。

当時息子は言葉を全く理解していないわけではなかった。
なので、相談員の人からは「様子を見ましょう」と言われた。



それまでも、微妙になにか“この子は何か…”という思いを浮かべては消し、浮かべては消し…という生活をしていた。
(言葉が遅いことのほかに、目があまり合わない。こちらが何か言っていてもあまり理解しない。同じことを繰り返す。読んでも返事をしない。おしっこを漏らしても平気でいる。等とにかく微妙ではあった)


1歳半検診をきっかけに、いろいろなところへ相談に行くようになった。

だが、どこへ行っても、「この子はマイペースなだけ」と言われ、私が育児疲れをしているのではないかと、そちらの方を心配された。


早く集団に慣れたほうが良いだろうかと、年少の歳から保育所に入った。


保育所ではまず、靴を履き替えず玄関で寝転んだりしていた。

言葉でうまく感情を伝えられないからか毎日喧嘩をして、よその子を引っかいていた。


保育所には引越しするまでの約1年通った。


保育所に通い始めてから会話が成立することはがかなり増えたが、「いずれ出来るようになりますよ」と言われた靴の履き替えは1年間ほとんど出来なかった。


保育所最後の日に園長先生が「この子は小学校あがるまでうちでお世話したかった。せっかくやっと周りの子に興味を持ち始めたのに…」と言われた。
「え?それまではどうだったんですか?」
いつの間にか教室を抜け出して違う部屋にいた話などは聞いたことはあったが、「せっかくやっと周りの子に興味を持ち始めたのに…」と言う状況はよくわからなかった。

「いつまででも一人で遊んでいるお子さんでした。やっと最近、先生が声をかけたらみんなと外で遊んだりするようになったところだったんですよ。だから残念」


そう言われた。


その言葉を、当時はそう大きくは捉えていなかった。

引越して、幼稚園に入るまでは。


幼稚園に入園した長男は相変わらず上履きに履き替えることをしなかった。


引越し前はたまにはできていたのに、全くしなくなった。


いつも一人だけ教室に残って折り紙をしたりしていた。
引越し前の保育所での園長先生の「いつまででも一人で遊んでいるお子さんでした。やっと最近、先生が声をかけたらみんなと外で遊んだりするようになったところだったんですよ。だから残念」という言葉が思い出された。


一人で遊ぶことはそんなにかまわないが、みんなが散歩に行って教室に誰もいないのに平気で一人でいる?

少しは人と遊ぶようになっていたはずなのにまた逆戻りしている?


更に、毎日のようにパニックを起こすようになった。
ささいなことでも自分の思い通りにいかないと暴れだす。
落ち着くまで待たないと、興奮している間は何を言っても聞こえていないような状態。


どこに相談にいっても「問題ない」と言われた息子だったが、担任の先生があきらかに疲れていることが解った。


そして、また新たに相談に行き始めたのだが、やっぱり「のんびりさんだけど問題ないでしょう」と言われるのだった。
そんな「育児相談」に月1回ペースで行ってみたが、埒が明かなかった。



何も改善されない。



私は少し焦り始めた。
どこに行っても「問題ないでしょう」の後に付いていた「小学校上がるまでには出来るようになりますよ」の“
小学校入学”が近付いてきているというのに、息子は少しも変わらない。


私はかかりつけの小児科の先生に、「こちらで子どものADHDなどの診断を受けるとしたら(当時はADHDと自閉症位しか知らない)どこに行ったらいいんでしょうか?」と聞いてみた。
「うーん、とりあえず〇〇(市の施設)かなぁ。誰が掛かるの? お兄ちゃん? え~? 問題ないんじゃない?」(専門家ではないにしろ小児科の先生にまで…)


ということで、最初に障害のことを認識するきっかけとなった施設にとうとう、というかやっと、というか行くことになる。


1歳半検診から3年経っていた。


ここでやっと具体的な対処など相談したり指導を受けたりすることになる。


長男についての私の悩みの本質にやっと近付いてもらえたのが「教育研究所」なるところだった。


行き始めたのは年長になったと同時位だった。
もう、小学校入学へのカウントダウンが始まっている。
本当に焦っていた。


まず、息子の状況について話をする。
そして後日テストを行った。


結果、知能指数には問題はないということになったが、定期的にそこに通い、なにか問題が起きてないか、好転したことはあるか等の話と、問題に対してどう対処していくかを指導してもらっていた。


その間、私は悩んでいた。
「この子の身体に問題がないのなら、この子が問題を起こすのは私の躾が甘かったからなのだろうか・・・?」
それまで自分のやり方は厳しすぎるかと思っていた。
「もっと厳しくしないといけないのか?」
「私が悪いのか?」
そう考える苛立ちから、息子を必要以上に怒る(時に虐待に近い)ことが増えた。


屈託なく良く笑って話をしていた息子が、なんだか私の顔色を伺うようになってきた。(当たり前だが、このことを私は未だに後悔している)



そうして半年ほど過ぎたある相談日、いつもの相談員の口から「お子さんのような自閉傾向のあるお子さんは・・・」と、そこで初めて息子に対して自閉という言葉を使われた。
「自閉傾向・・・?」
「ええ、〇〇君といったような自閉傾向をお持ちのお子さんはですね・・・」


へ? 知能に問題ないんじゃなかったの? 自閉症って漫画で読んだやつとは息子は全然違うけど? いや、当てはまることはあったけど。でも、でも、えええええぇぇぇぇ!!!!


その日の相談は「自閉傾向」という言葉以外に覚えていない。
(今思い返すと今まででその日が一番ショックな日だったように思う。
病院で「(広汎性発達障害の)可能性はかなりあるでしょう」と言われた日よりも。)


幼稚園の担任の先生にそのことを話したら先生も
「ええええええぇぇぇぇぇ!!!!!!!」と驚いた。
「確かに補助の先生によく付いてもらってるし、色々してはいるけど、そうは思わなかった・・・。今までそんなつもりで(息子に)指導はしていなかったんで、そうなるとうちもこれから考えないといけないですよね。でも、ええええぇぇぇぇ?! お友達もいますよ?」


驚きの内容はほぼ私と一緒だった。


それは年末も近くなってきた10月のことだった。

偶然にその直後、多分教育従事者を対象とした講演会だったのだろうと思うが、「アスペルガー、高機能自閉症」についての講演会があることを担任から教えていただき、行くことにした。
その講演の講師いる病院が、小児精神科で国内でもかなり有名らしいと聞き、私は小学校入学までに白黒はっきりつけようとその病院に行くことを決意した。



子どもの精神的な病気については専門家がまだ少なく、見てもらえる病院はかなり少ないらしい。

我が家も11月初めに予約の電話をしたが、見てもらえるのは3月ということになった。


小学校入学までに白黒つけることは出来なかったが、「医師に見てもらえる」ということでほっとした。


病院ではテストの結果から
「広汎性発達障害ともいえますし、(診断名の)必要があれば「アスペルガー」とか「高機能」とか付けますが、現時点では“性格的傾向”とも言えるくらい軽いみたいですね。様子を見ていきましょう」と言われた。



そして今に至っている。
20050204090220.jpg



子ども達の喧嘩がそれまでのかわいらしげなものから本格的なものになってきた。

次男「これ貸してよ~」
長男「ダメっ!」
次男「なんでだよ~! もうっ! ぐちゃぐちゃにする!」
長男「てめぇ! なにすんだよ!」

そこから叩きあいの喧嘩に発展。

だがまだお互い急所は攻撃せず、背中あたりをグーで叩くくらいで済んでいるのだが、長男が次男を罵倒する声量と言葉遣いの悪さがなんともいえない。

“成長したなあ”などと思いつつ、あまりにうるさいのでこちらもイライラしてきて叱る。

「ゴルルァ! お前等はそうやって1日中よく飽きもせず喧嘩してられるなあ! いい加減にしろ!!!」


あれ?
なんかデジャブったなぁ?
ああ! 自分が子どもの頃に言われてたんだ!


つうわけで、私は2歳違いの兄と喧嘩、喧嘩の毎日だった。

もう、食事するように当たり前に喧嘩。


まだ、小さいうちは父親も「お前等は“トムとジェリー”だな」
なんて余裕ぶっこいてのん気なことをのたまっていたが、お互い中学、高校生なんかになってきてもまだ毎日喧嘩していた。
そうなってくると、見てくれもそうだが、喧嘩もシャレにならなくなってくる。

そこにトムとジェリーはいない。

ハブとマングース。
竜とがまがえる(?)。
ブッチャーとテリー・ファンク。

もう、毎日が闘魂祭り。


しかも内容は相変わらずどうでもいいことなのである。

私「なんで石鹸あるのにわざわざ“シャワーソープ”使ってんで! もったいねぇねっけや!」
兄「シャワーの時にはシャワーソープでねばだめなんだわ! 風呂のときはちゃんと石鹸使ってるわ!」
私「あほでねんか! 石鹸なくなって私も使いたいときになくなってしまうべや!」
兄「お前も使えばいいべや!」
私「もったいねぇべやぁ!」


…書いてて恥ずかしくなるがこれ事実。


ある日、その兄と口論していて逆上した私はカッとなり、お盆のようなもので攻撃した。

兄は一瞬ひるんだが、すぐ玄関に逃げ出し、傘を持って応戦した。


お年頃思春期真っ只中のはずの中学生の少女とクール・ガイを気取りたいお年頃のはずの高校生の青年が、お盆と傘を持ってにらみ合い。


ありえない。


“これは流血は免れないな”
そう覚悟したが…
どうもその後を覚えていない。

はて?

流血がなかったことは確かだ。

うううむ?


数年前、この兄と昔の喧嘩の話を私の友人に話したことがあった。

なんか、この日の喧嘩のきっかけはもらったお菓子かなんかを「食った」「食わない」の喧嘩だったらしい。


どれだけ飢えたお子さんですか。

全くもってありえない。



こんな母の遺伝子を持っている息子達に、私のようなアホらしいことに命がけにならないように指導していかなければ。


今日1日なんとなく不調を訴えていた旦那が、夜になってとうとうダウンした。
激しい頭痛を訴え、うずくまっている。

その様子に私もちょっと慌ててしまって、救急車など呼んでしまった。

電話した後、息子達に
「お父さん、病院へ行くから。あんた等も付いていかないといけないから用意して」
と言ったら、長男が久々にスイッチ・オンしてしまった。


まず玄関のドアを開けて大声でなにか叫んだ。

「なにしてんの?!」
と聞いたら
救急車が来ないから呼んでるんだよ!
と答えた。

「近所迷惑だからやめなさい!」

と私が言った後には、あっちうろうろ、こっちうろうろ。
竹刀を振り回したり、靴を脱いだり穿いたり、興奮状態。

「〇〇、頼むから落ち着いて。興奮しないで。お父さんは大丈夫だし、
救急車は来ればすぐわかるから」

そう諭してみたが、また玄関のドアをあけて
「なにやってんだよ!」
とかがなってる。

そう、怒鳴るというより“がなる”ので、非常にうるさいのだ。

で、なんだかんだで結局救急車には本人のみで行くことにしたんだけど、
そしたら、長男また救急車の横で暴れる寸前でがなってる。

「どうした?!」と聞いたら「救急車に乗りたかった」とべそかいてる。

父親を心配してのことだと思いたいが、違うよなぁ…

「ちくしょー、ぜってー乗る。ぶん殴る」
とか、とても育ちのよろしい言葉をお使いになってるし。


広汎性発達障害”と診断名は付けられていないくらい軽いとは言われていても、
やっぱりこの子には障碍があるんだ
とまざまざと見せ付けられた気がした。

最近めっきりこういう変わった行動が見られなくなっていたので、
久しぶりに見てちょっと凹んだ。

で、2年生に向けて、担任が変わるかもしれないので、話ができるように、
久しぶりに本なんか引っ張り出して読んでみたりしている。


こういう本は正直読みたくなかったりする。

今後ぶち当たるかもしれない壁が見えるから怖くなってしまうのだ。


でもきちんと読まなきゃあね。
今日の息子を見てそう思った。

ううう。



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NOおーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!

 
なんだよ、“転勤”ってーーーーーー!!!!!!!!!!!!!


病院どうすんだよ学校どうすんだよ幼稚園どうすんだよ
この家どうすんだよーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!





どうすりゃいいんだーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!



本当は昨日あたり、こう書こうと思っていた。

“私はツイている”


引っ越す先々にアカチャンホンポがある とか
そんで、今住んでるところだとちょっとアカホン遠いかなあと思ったらすぐ近所にニシマッチャンが出来てみたり。

偶然行った病院が評判の名医だったり。

そのほか諸々。
すんごくラッキーなことではないにしろ、都合いいというか、ほんのりラッキー。


最近は特に息子の環境についてだった。


児童精神科の有名な病院が1時間掛からないところにある。

しかも担当の先生は(相談所の方曰く)「良い先生」にあたった。(実際良い先生だった)

小学校でも担任の先生は「一緒にがんばりましょう」と言ってくれた良い先生だった。


この環境を変えたくなかった。



ところが昨日から散々です。

まず、2学期調子の良かった息子が、3学期からは逆戻り状態だと先生から聞いた。

授業の準備も何もてんでからっきし駄目らしい。


という電話をもらって、電話を切って旦那に内容を話したら、旦那、「参ったなあ…、落ち着いて聞いてくれよ?」と前振って転勤話。

大ショックを受けながらも朝になって、病院に予約の電話を(出産があったため11月から行っていなかった)したら、担当医が諸事情あって病院を辞めたといわれ…

トリプルショックでした。

もう、思考停止してます。




がお~~!!!!!!!

20050217030026

だったんだけど。
通えなくなっちゃった。
園のご好意で今日は参加させてもらいました。

うれしそうに人形劇を見ている次男を後ろから見ててちょっと切なくなった。
「もうすぐ○○幼稚園に入るみんな~」「は~い」なんてさ。

長男が世話になってて気心知れてたし、バスがなくてお迎えに行くようになっていたから\r
私自身も話が出来る人がたくさんできて助かっていた。

お茶友達、いろんな相談が出来る先輩ママ、しばらくさよならです。

さみしいなぁ、引っ越しって。



20050218155337.jpg


もうね、駄目です。

何する気力も起きません。

家の中はしっちゃかめっちゃかめちゃくちゃです。

もう“家に居たくない~”


で、いつもは道が混むので行かないショッピングモールに行ってみたりしました。

携帯屋で、どうでもいい料金プランの変更なんかをして、昼食(上の写真)。

これ、次男と二人分。
つかほとんど次男の分。

おとついあたりから食欲がばっくり減りました。

乳出なくなると悪いんでなんとかしないととは思うのですが…



参った、参った。


▼続きを読む▼

自分達の出した条件にほぼ合っている物件の情報が入ったので、半ば無理矢理転勤先に出かけてみた。

一件目。

すぐ裏が学校。中学校のプール。

夏はあれだ、マニアがウハウハのスクール水着が拝みたい放題だな。

なんてデンジャラス。



で、2件目に見た物件で決めました。




不安要素が解決されないまま、どんどん時間は進行していく。


不安と恐怖。
それから現実。

はあああぁ。

逃げ出したい!
20050221072554.jpg



母よ。

「〇〇(私の長男)が小さい頃の写真を見てたんだわぁ。
かっわいくってなぁ。…いつ間違えておかしくなってしまったんだか…

って。

だから息子のは“このタイミングでこんなことをしたからなりました”的なもんじゃあないんだって、何度も言ったよな?

そんなに「私の躾が悪いせいだ」と思いたいか。


もう、説明する気も起きん。
勝手にそう思ってろ。


父よ。

「病院に行かなくってもなぁ…。
そんな心配しなくてもオレは“大丈夫”だと思うがなあ」

って。

もうとっくに病院行ってるよ。
夏にカミングアウトした時点ではもうきっちり通ってるよ。

「まだテストの予約が取れなくてはっきりしてないけど“まず間違いないと思う”と言われた」と話したはずなんだが。

それに夏休みの長男に対する母の態度を見て、よく“大丈夫”とか“問題ない”とか言うことができるなあ。

まあ、私を気遣っているんだろうね。

でもね、

とにかく話のレベルが違いすぎます。

長男の障害についての話がどこで止まってるんですか?

あなたがた、娘(私)の話を聞いていましたか?

あの夏の大喧嘩は何の意味もなかったようですね。



多分、今後もうあの二人に息子の障害について説明することは無いな。

頭に入れる気が無いようだ。


長男が2歳くらいの頃だろうか。

いきなり アンパンマンLOVE になった。

まだテレビも見ていなかったはずなのに、いきなり毎日アンパンマン攻撃。

あ~んぱん、あ~んぱん、あ~んぱんま~ん♪と一日中歌い、お絵かきせんせいを持ってきてはアンパンマンの絵を描かせた。

私と旦那は “オレがやなせたかしだ!” 位の勢いでガシガシとアンパンマン一族を毎日毎日、お腹いっぱい描いていた。


「そんなに好きなら」 と、私の母がアンパンマンのTシャツを買ってくれたら、恐ろしいことに毎日着ると言い出す。

夏なのよ。

ぎりぎり2日は許すけど、3連ちゃんは勘弁してくれ~
と、無理やり洗濯したら、干されたTシャツに手を伸ばしながら「あ~んぱ~んま~ん(泣」と乾くまで泣き通し。

しまいには夜中にいきなり
「アンパンマン! アンパンマーン! うわーん、アンパンマーーーーン!!!」

号泣。

夜中3時頃。

何が起きたかと思った。


いやね、長男がそんな頃、他のお宅でも、見せてないのになぜかアンパンマン大好きになるお子さんが続出で、私はこっそりとそれを「アンパンマン・シンドローム」と呼んでいた。

まあ、別なものに興味を持ったらアンパンマンには見向きもしなくなったわけだが。



次男はなぜか下ネタ大好き。

私も下ネタが嫌いではないが、いくらなんでも人前で「おティンティン」とはいわないし、尻を振って歩いたりしない。

なぜ? どこで? こんな尻出し星人になってしまったのか?

尻話術までしてしまう。


うああ、

見るな、旦那!
私をそんな目でみるなあぁぁぁ!!

私のせいじゃない! はずだあぁぁぁ!!!!!



▼続きを読む▼

してきたわけですが。

だからといって引越しの準備をする気はなかなか起きず。
私は全くといっていいほど何もしていないです。

大体、日常の片付けが苦手な私が“引越しの為の片付け”などという大掛かりなことをしたいわけがないわけで…。

すまん、旦那。
赤ん坊のせいにしてなにもせずにいるダラ奥で。


この間は久しぶりに長男の相談に行ってきました。

引越しするにあたって何に注意すべきか とか相談したかったんです。
あとは 「環境が変わること」 と 「父親がいないこと」 のどちらの方がダメージ大きいか
とか。

もしも 「環境は変えない方がいい」 なら、どんなに苦しかろうが、この身が骨と皮だけになろうが、ひとりでこの土地で踏ん張ろうと思っていたわけです。

まあ、骨と皮だけになるには相当な年月を要すると思われるので、「ぶっちゃけありえない♪」 話ですが。


相談員の方には

「今、長男君が調子が悪いなら、もしかすると、引越したらいい方向に行く可能性もある」

と言われました。
でも、最終的には、ま「わからないですね~」と。


そりゃあそうですよね。

吉とでるか凶とでるか…。
ギャンブルですな…。


また必要以上に長男を叱ってしまったよ…

原因は 鼻ほじり 。

長男はしょっちゅう鼻に指を突っ込んでいる。
長男に目をやると大概鼻に指が入ってる。

そんなに鼻ばっかいじってると、そのうちばい菌が入って鼻もげるよ
なんて脅してみたが効果なし。

気が付くと、その指を口に入れる(うげ~)ことが増えてきた。


今までは「鼻炎だからなぁ。ムズムズするんだろうな」と思い、やんわり注意するだけだった。
周囲の子どももそんな長男に慣れている(?)ようだ。

だがこれからはそうはいかなくなるかもしれない。

転校生なんて、それだけでも十分目立つのに、そいつがちょっと変わった奴で、
しかも四六時中鼻掘ってる
なんて思われた日には、最近いつも不安に思っているいじめの原因になりはしないかと思ってしまうのだ。

なにしろ自分自身がイジメられっ子。

理不尽なイジメがどれだけ辛いか身をもって経験している。


できれば不安要素は一つでも減らしたい。



だけど長男は私が何を言おうが、改善する気配がなかった。

「鼻くそはばい菌の塊なんだ」 「人前で鼻をほじることは恥ずかしいことなんだ」

そう懇々と説明してしばらく後、また鼻を掘っていた。
私が小突いて合図したら、私の顔をちらっと見たがまた鼻に手をやった。


ここでブチギレた。

「指鼻に突っ込んだまんま固定してやろうか?!」
「このまんまじゃあ、あんたはいずれ確実にばい菌扱いになるだろうが、そうなってから私に泣きつくな!」
「一日中鼻に指つっこんでるような人が自分の子どもだと思われたら困るからもう外でかあさんと呼んでくれるな」
「もうあんたには何も言わない。そのかわりばい菌扱いさせてもらうから!」

等々、もう、むちゃくちゃ言った。

長男は反抗的だった。

「ぼくがばい菌ならそっちもばい菌だ!」

などと言って返したりした。
(私は「あんたにばい菌と呼ばれても私は何にも困りません」などと応戦)

途中、小さい声で
この人はちっとも大人じゃないよ。僕とおんなじ子どもだよ
なんて言っていた。

本当にそうなんだけどね。

最終的に長男は口で私に勝つことは出来ないが、むしゃくしゃを晴らしたいと言って、

「この…(ヒック)ダンボール…(ヒック)も、貰って(ヒック)いい(ヒック)?」
「別にいいけどなにすんの?」
「こうやって(私の似顔絵をかいて)むちゃくちゃにすんの」

などとやっていた。

「むちゃくちゃにするのはいいけど、鼻ほじりのことはわかったの?」

と聞いたら、
メモ帳に“はなをほじらない”と書いてそれを筆箱に入れていた。

これで忘れないから」と。


そんなことを自分で考えてやった長男に少し驚いた。

そして、現在反省タイム。


もっと早くから、ちゃんと教えずに、甘く見ていた私が悪いんだよね。
鼻に指を突っ込まずにはいられない状態になってから「やめなさい」って厳しくされたって、できないよね。

ごめんね。


はぁ~あ。
疲れた…


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ぴろりんぱ

  • Author:ぴろりんぱ
  • 軽度の広汎性発達障害を持つ長男 中学2年 タロ。
    カンペキを求める男 疑ADHD次男 小学4年 ジロ。
    落ち着きのなさを子どもらしさキャラで乗り切るADHD 小学1年 サブ。

    の3人を育てる母。

    バツイチとなった母は余命を生きる体となりました。

    息子たちと私の『平和かつ平凡(?)』な日々。
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